小松通信

ノアの箱舟に乗ったのは、わずか勇敢な8名だった。

第2話|もし、明日死ぬとしたら、何をしますか?

もし、明日死ぬとしたら、何をしますか?

という質問が来たら、なんて答えます?

 

夢のような生活

 

を、具体的に

多くの人は回答すると思うんだけど。

 

いいもの食べて、

良いところで遊んで、

家族と遊んで、、、

 

あー、

 

スタイルがいい女と遊びまくって、

お酒飲みまくって、

 

と欲深い人もいるかもね。

 

 

でも、そんなこと起きるわけないしと思って、常識、世間体、日常に流されて生きることは

少なくない。

 

 

僕も昔はそうだった。

 

先生:『小松くんの夢はなんですか?』

 

僕:「はい、せんせー。

両親をディズニーワールドに

連れていくことです」

(アメリカ🇺🇸にあります)

 

と、こんな感じで答えてた。

 

すると、周りの先生や

お友達のお母さんは、

みーんな褒めてくれた。

 

the 模範回答的な。

 

三者面談では、

『どうしたらこんないい子に育つんですか?』と

担任の先生が聞くくらい。

 

その勢いで、大学も中学生終わった頃から、

「国立大学に行く」ってずーっと言ってた。

 

 

【周りが認めてくれるから】

 

 

でも、その周りから認められることから、

抜け出そうか迷うことがあった。

 

 

2015年2月のある日、大学4年生。

卒業式を迎える間近。

僕は大学を辞めるかどうか

悩んでいました。

 

幼稚園は通わせてもらい、

小学3年生から中学3年までの

7年間塾に行かせてもらい、

高校は私立に行かせてもらい、

埼玉県で一人暮らしもさせてもらった。

 

全部ばぁぁっと紙に書き出して、

おおよそ自分に掛かったお金を

計算してみた。

 

ーーー紙に書いたことーーー

ここまでの22年間を捨てて、

新しい自分でやっていくのかどうか。

 

やめたら、怒られるかな、、、

やめたら、、、、、、

 

んんん、、、

 

ん、なんで卒業して欲しいのかな?

 

将来保証されるからか?

自分が安心するからなのか?

 

今まで自分たちが経験した

不安や苦痛を感じさせたくないのか?

 

そもそも俺は何のために

親から生まれたのか?

 

なぜ、2人は僕を授かり、

育てたいと思ってくれたのか?

ーーーーここまでーーーー

 

そんな風に考えながら、悩んだ末に

答えを作りました。

 

1.【2人が愛し合う象徴が必要だった】

2.【その象徴には元気でいて欲しい】

 

(本当のところは知らない)

 

だから、子どもとして

2は、義務だと思った。

 

義務というより使命に近い。

命をかけてやらなければならないこと。

 

だから、それから僕は大学を辞めて、

やりたいことを極め続けながら、

出来るだけたくさん元気であることを

伝え続けました。

 

やりたいことにチャレンジしてみたかったし、このタイミングを逃すと、取り戻せない気もしたし、親に心配させたくないって気持ちもあったから。

 

それから1年間ずっと淡々とやった。目標値高すぎ、辛いしキツいし、あーやりたくない、あー起きたくない、とかほざきながらも、淡々と。

 

で、走り続けてたら、僕のお仕事のお付き合いで、何かお返しをしたいから、何かできませんか?と仰って頂けた事がありました。

 

お金とか云々あったけど、それよりその方にお願いしたかったのは、一緒に両親の銀婚式を祝うこと。

 

両親は、僕の年齢に+1すると、

結婚年数になります。

だから、当時は25周年でした。

 

『あの大変、おこがましいですが、

僕と一緒にディズニーの2日間の計画を

立ててくれませんか?』とお願いすると、

その方は、快く引き受けてくれました。

 

 

この2日間は、すごかった。

そもそも2週間前にホテルの地図だけ送って、

ここに来るように案内しといた。

 

3日前くらいにディズニーに行くことを発表した。

 

当日は、朝5時には起きて、ご飯食べて千葉に向かい、ホテルで両親を出迎えて、バスに乗せて移動し、中で何に乗りたいのか?ヒアリングして、

 

パーク内のレストランに2人だけ連れて行って、裏で弁当食べて(ディズニーの館内に持ち物は禁止だったはず)

 

昼食後、両親とその方が挨拶する場を設けて、その間、ファストパスってやつを1人で走って取りに行って戻って、

 

その場で今自分がしてる仕事の話を、初めてちゃんとして、

 

少し遊んだ後は、「俺はこれからセミナーあるから、もう帰るね。で後は、○○と○○は、ここでやって、その後は○○するといいよ」ってやってた。

 

1日目は、俺はが1番尊敬する人のセミナーもあったから、そこから急いで会場に向かって、仕事も頑張った。

 

2日目も朝早く起きて、出迎えて、

…以下、略

 

それから

「あの2日間は、夢のような時間でした」

と両親からLINEがもらえました。

 

振り返って思うのは、

僕もあれは夢のような時間だった。

 

今まで引かれていたレールから外れて、チャレンジして、これが起きることを予想なんてできないから。

 

あの日から今日までの4年間、

何1つ予想したことなんて起きてない。

 

この当時、僕の中で流行ってた言葉が、

 

『現実が夢を追い越す』

 

まぁ確かに。今俺が博多にいることなんて、

いつ誰が予想できたのか笑

 

博多ラーメン食べてみたいななんて、

なんとなく夢リストに書く程度だったのに。

今住んでるし。

 

 

でも、ここまでの話、僕がすごかったとか、

そんなことない。

 

とりあえずチャンスが来たら飛び込んで、

チャレンジしただけ。

 

実際は、

 

・両親が頑張ってここまで育ててくれたこと

・僕が尊敬する人がチャンスをくれたこと

・その方が快く協力してくれたこと

 

巡り巡って、できたこと。

 

今まで関わってきた人たち、

お一人おひとりに感謝して、

1日後半、過ごします(-人-)

 

〜Live a dramatic life〜

人生にドラマを

 

ps.まとめ

1.周りが認めてくれる事が、

あなたが本当に得たいものか?

 

2.【紙に書いたこと】

僕みたいに大学4年という窮地に追い込まれる前に、当たり前だと思ってる言葉を解剖しろ。

 

3.親がうるさいなんて当たり前

いつでも、親は心配します。元気でいて欲しいから。おそらく!でもそれそれでいいです。それが親の命をかけてやりたいことだと思うから。取り上げてしまっては、不幸。ハラハラはしたくないと思うけど。

 

4.現実が夢を追い越す

予測できる人生か目標に生きる人生か?

 

5.【生】を頂いている。

いつどこで誰が死ぬのかなんてわからん。今を全力で生きよう。命を燃やす。

 

pps.その方について

あんまり詳しい事言えないけど、

ディズニーに詳しい人です。

 

全体的に少し蛇足した。許して。